インターネットを新しい媒体として活用するためには

共産党にとっては、ネットが新しい媒体であり大いなる可能性を持ったものであると、参議院選挙の総括で言われました。

しかし、残念なことに選挙中のツールとしての認識から出ていないのかなあ、と感じます。中央委員会はコンピュータ部員を募集し、何かをやろうとしているのか、とも期待を感じます。大会決議案の中ではネットの活用については、選挙ツールとしての方針が出ていましたが。。。

全国の県委員会のサイトも、選挙後も大きく変わったという内容にはなっていないのかなあ。まあ、それなりには意識の変化が生まれている向きもありますが。ところが現状について、SNSを活用している党員からすると、組織に対する批判の声も漏れてきます。もちろん規約上あからさまま内容は、みなさん自制していますから問題になるレベルにはなりませんが、それでもひとによってはそれすらも議論を断ち切ろうとする圧力を加えてきます。自由なはずの、自制的な議論すら認めない、ネットをどう捉えているのか、・・・・

市民と党員の双方向性を許容した議論を行うリテラシー、ネチケット、民主主義的な議論は経験を重ねない限り、会得できないのではないでしょうか。判らないひとには、判ってもらわなくてもいいなんて、言い放つ場合もあるようです。でも、合意と納得を得る議論は必要だろうし、それなくしては支持は広がらない、と思います。リアル世界の話とネット上の議論、同じ次元で考えることはできない、そう思います。

ネットに長けたひと程、今回のネット選挙を思いの丈が届いたと思っているのではないでしょうか。これまでは異端視され、ネットなんて役に立つもんか、と批判の矢面に立たされていたでしょう。しかし、その現状はまだまだ改善される情況にはなっていません。苦難の道は続きます。

2006年に発刊された「ウェブ進化論」、そして「ウェブ時代をゆく」、著者は梅田望夫氏。ウェブに関して楽観主義的な評価をしています。当時は賛否両論、ベストセラーにもなりました。同じ頃に、前衛に田村一志氏の「インターネットの巨大な可能性をどう活かすか」という記事がありました。みなさん読まれたのかどうか?で、「ウェブ進化論」の中で、インターネットが「集合知」の新たな世界を拓くのではないか、そしてそれに対し、そんなものは信用できないという意見が交わされました。ウキペディア、AMAZON、googoleの日本での躍進が話題になりかかっていましたし、SNSやブログも盛況になりかかっていました。

現在では、こちら側(リアル世界)とあちら側(ウェブ世界)、端末(スマホ、タブレット、パソコン)とクラウド。若い世代は知識の確認を端末で行います。もちろんネットから得る知識が正確であるという保証はありませんが。あちら側(ウェブ世界)には見解の違う知識が色々あります。どれを信じるか、疑うかはその人の判断力によると思います。また、そうした判断力が求められます。しかし、間違いなくそうしたあちら側(ウェブ世界)の情報が「集合知」によって是正され、修正されることは留まらないでしょう。

インターネットを新しい媒体として活用するために、どう考えればいいのか。最低限は、日常普段に情報を出していくこと、情報の中身は購読者の数によって判断する、でしょうか。。。